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  • 執筆者の写真長島司

包丁を研ぐ

タイトルで何事かと思われた方もいらっしゃるかもしれませんが、先日のブログでも紹介した明治大学農学部教授小田切先生による勉強会がありました。


学びの多い回となりましたが、一番印象に残ったのがこちらの「包丁を研ぐ」という言葉です。


新潟県糸魚川市・上南地域づくり協議会の取組みを事例にお話頂きました。

全国には多くの地域づくり協議会が存在し、農地の保全や地域資源の活用だけでなく生活支援も求められています。

しかし、いきなり生活支援や福祉の事業に取り組もうとしても上手くいくことはほとんどありません。それどころか、住民の中に「やらされ感」が残り以前より状態が悪くなるケースもあります。

そのため、住民の自治組織では活動開始時の「小さな成功体験」を積み重ねていくことが大切になります。この「小さな成功体験」は「小さな困りごと」を解決していくことで積み重ねられていきます。


上述の上南地域づくり協議会においても「小さな困りごと」を解決すべく、生活支援チーム「なんでも屋」の活動がありました。

この「なんでも屋」、当初は無償で活動していたそうですが、無償であることに遠慮してほとんど相談が寄せられなかったそうです。そこで負担にはならず遠慮も出ない100円で諸活動を行うことで、相談が寄せられるようになり「小さな成功体験」を積み重ねられるようになりました。その相談の一つが包丁研ぎで、今では年間200丁以上の包丁を研いでいるそうです。


無償のボランティアと聞くと美しい話に聞こえますが、善意だけに頼った活動は持続可能性の面で問題があると考えます。

例えば私がある日何かに目覚め、生活困窮者のために毎日公園で無料の炊き出しを始めたとします。ところがその炊き出しをもらいに来た人から「もっと旨い飯を作れ」と言われ心が折れてしまった。翌日から炊き出しは行われなくなる訳ですが、それは0に戻るのではなくむしろマイナスの状態になるのであろうと思います。なぜなら炊き出しがなければ困窮状態から脱却していた人たちに、炊き出しがあるから生活困窮者のままで良いと思わせてしまうためです。

しかし、もしその炊き出しによって100円なり200円なりをもらい自身の生計を支える一部になっていたらどうでしょうか。腹の立つことも言われたけど、生活が懸かっているから続けていかなくては、と炊き出しを続けると思います。


大学の授業で、確か地域交通の話だったと思いますが

「地域交通も儲けていい。だって儲からなきゃ続けられないんだから」

と教授が言ったのを思い出しました。


当日他の参加者からも質問がありましたが、これまで地域づくりの中で軽視されてきた「稼ぐ」ことについて、目を向けていかねばと思います。

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